《 フランス料理の世界で、さまざまなところに、各国のモノの形態や様子を表した俗語が用いられているところに、フランス人の国際性、ウィットを感じます。また、ストーブの登場が料理に革命をもたらしたというのも面白く、興味深い話です。確かに、技術革新、新しいモノの登場が、生活・暮らしだけでなく、人の嗜好や好み、あるいは価値観まで変えてしまうのは、現在も進行中です。 》
フランスでの最初の仕事は、Petits oignonsプティゾニオン(小玉ネギ)の皮むき5kgでした。日本の小玉ネギは、直径3.5cmぐらいですが、フランスのものは1.5cmぐらいで、剥けどもむけども減りませんでした。このときに覚えたことは、忍耐よりも、自分が風上に居て皮をむくことでした。
そして、その次が、ストーブ掃除。
このストーブは、fourneauフルノ(平たく、四角で大きいので、通称ピアノ)と呼んでいましたが、フランスでは、と言うよりも、各地方、各国によって俗語、そう・・はやり言葉が使われます。調理場では、ゴミ箱は、adieu de belleアデュ・ドゥ・ベル(さよならの鐘、教会の鐘をひっくり返したような形だから)。深底片手鍋はRusseリュス(ロシア人のことをrusseと言いますが、ロシア人の帽子に似ているから)。円錐のソースこしは、Chinoix シノア(中国人の帽子に似ているから)というように、物の形態や様子を表現していました。
龍圡軒の調理場にあった初代のストーブも同じ石炭ストーブでしたが、このストーブ掃除が本当に大変でした。昔のダルマストーブの親分みたいなもので、石炭を燃やして、その熱で0.7m×2mの鉄板を熱し、その上に鍋を載せて調理をするのです。ストーブの奥の方に鍋を置くスペースがあり、その鍋を取って、掃除します。
最初はその上に手も出せません。なにせ調理場の電気を消せば、その鉄板は、真っ赤に焼けて光っているほどです。しかし、人間とは凄いものです。慣れてくると、平気で、その鉄板の上に手をかざして仕事をしているのですから。
この石炭ストーブは、鍋の位置を動かすだけで温度を変えることができるので、とても便利で、重宝しました。
ストーブの端に置けば、ゆっくりと、ポッコポッコと煮込むことができ、忙しくて、火力が欲しいときには、鍋の底にサラダオイルを引くと鉄板の熱が直に伝わり、ものすごい火力になります。もっと火力が欲しいときには、石炭をくべる丸い輪っかを外して直に鍋を置きます。置いた瞬間から、鍋の底からボーッと小さな泡が無数に現れ、吹きこぼれることなく蒸発していき、2~3リットルならば、1~2分で煮詰めることができます。
このストーブを使いこなせば、同時に何種類もの料理を調理することができます。
同じようなストーブでガスのものも使いましたが、石炭の火力は、ロシア産の約20cmの大きさのものに適うものはありませんでした。欠点はただ一つ、煤が出ることだけ。
この鉄板のストーブができたことによって、料理に革命が起きたのでした。