《「レストラン」という語が、何時から使われるようになったのか? あるいは「レストラン」の意味をご存じでしたか? 料理に革命をもたらしたのは、何であったか?革命をもたらそうとして、作ったわけではないのでしょうが、小さな工夫や偶然が生む大きな改革。 歴史を知るというのは、面白いものです。》
5年ほど前、私が尊敬している京都のスター食堂の西村・前社長が、やって来られました。
こちらも大正時代からの洋食屋さんで、私より5年ほど前にフランスの日本大使付の料理人として渡仏され、のち5つ星のホテルで勤務し、帰国されました。東京に来られると必ず顔を出して、料理の話をして帰られます。
そのとき、「利男君、レストランって何だか知っている?」と問われたのです。「えっ!レストラン?」と言葉に詰まり、レストランはレストランで、私もここで生まれ、育ってきたので、やっと答えたのは「レストランでしょ」でした。正直、なんで当たり前のことを聞くのだろう、と思いながら答えました。
西村社長は、私を見て「料理名だよ」と言われたので、私はびっくりして思わず「料理名ですか?」と返しました。すると、「そこにあるLarousseラルースに載っているよ。見てごらん」と、店の入り口に置いてある、初代が使っていた戦災で焼け残った赤鍋、通称ずん胴を指しました。
そこには私の料理辞典が何冊か入れてあり、ラルースは料理の百科事典です。
私は料理雑誌を読むことはありません。辞典や事典は面白いので、よく読んでいましたが、レストランなんて、辞書を引こうと思ったこともありませんでした。
ところがはたして、引いてみると書いてあったのです。原文をフランス語で書きます。
En 1765, um nomme Boolanger,marchand de bouillon,rue des Paulies,donna a ses potages le nom de restaurant et unscrivit sur son enseigne : Boolanger debite des restaurant divins,avis qu’il agrememta.d’une Sacetie en latin culinaire
1765年、プリ通りのスープ屋さんのブランジュ氏が、レストランという名のポタージュを作り、彼の看板に「素晴らしい素敵なレストランを売ります」と書いて、面白みをつけた冗談のラテン語の注意書きを出した。
Venite ad me,vos qui stomacho baboratis ;et ego restaurabo vos
ラテン語はよく分からないのですが、多分「私の料理はあなたの疲労を回復させます」だと思います。
他の文献でも見つけました。
THE INVENTION OF THE RESTAURANT レストランの誕生
Paris and Modern Gastronomic Culture パリと現代グルメ文化
by Rebecca.L.Spung 著者 レベッカ・L・スパング
訳者 小林正巳
青土社
そこには、医学用語として、元気を回復させる物質の例に、ブランデー、ヒヨコマメ、チョコレートを挙げていたり、また18世紀のフランス料理本の多くには、レストランと呼ばれるブイヨンベースの料理のレシピが多数書いてある、と記されていたりしました。
まさかレストランが料理名だとは思いませんでした。
西村社長は以前、京都大学の教授の方々と「18世紀研究会」を開かれていたこともある博識な方で、今、私と二人で、いつ鍋の底が平になったのかを調べています。
なぜそんなことを調べているかというと、これがフランス料理、いやすべての料理の一大変革をもたらしたからです。それはブイヨン、ソースを煮詰めることができるようになったからなのです。
皆さんも想像してみればお分かりになると思うのですが、昔の鍋は、銅や鉄の打ち出しで、そこが丸く、Cremaillereクレマイエール 自在釣を吊して高さで調節していたのです。
火が鍋の底から側面に回るので、側面の水分の縁が焦げてしまうのです。平底のおかげで、焦がさずに煮詰めるようになったことが凄いのです。
フランス料理の変化は、15~16世紀のMedicisメディチ家(フィレンツェの名家)のCatherineカトリーヌがフランス国王アンリ2世の王妃に、Marieマリーがアンリ4世の王妃に嫁いだときのお付きの料理人によって。次が、前記の鍋の底。その次が、1789年の大革命(フランス革命)。そして近年のNouvelle Cuisineヌーベル・キュイジヌだ、と私は思っております。
これも大変面白い話なので、後日お話しいたします。