《私達の気付かない角度からの視点、軽妙洒脱な文章に、多くの方々からのご要望があり、岡野利男シェフには、引き続き、エッセーをお寄せ頂くことになりました。よろしくお願いいたします。

今回は、予想外の所から、身の回りの安全の話に飛んで、オートバイ。店の前でバイクを見たことはありましたが、指導員までなさっていたとは知りませんでした。 常に最悪の事態を考えながら、全神経を研ぎ澄ませながら操作するブレーキの話一つに、一流の感性、目配り、気配りは「何事にも通じる」のだ、と唸らせられます。

先月、あるお寺の御住職の17回忌の発起人をお願いされました。

もちろん喜んでお受け賜りました。亡き御住職は父の代からのお客様で、色々とお知恵を拝借させていただいておりました。店にお見えのときには、御大黒様をオートバイの後ろに乗せられてこられるような、オートバイ好きの御住職で、私を悪の道に引き込んだ一人です。

今から30年前、1990年のある朝、家内のラッタッタ(八千草薫さんの宣伝で有名になった50cc以下のスクーター)がお隣の室外機と他のオートバイ3台と供に、何者かの運転する車になぎ倒されて、壊れてしまいました。

それで家内とともにオートバイを買いに行きますと、家内は、「今まで買い物かごの付いたラッタッタだったので、今度は格好の良いバイクが欲しい」と。それは本田のジャズという50cc以下の、ハーレーダビッドソンのミニチュアのようなオートバイでした。ただそのバイクは、ラッタッタと違い、クラッチの付いたオートバイなのです。

私は家内に、「今までアクセルとブレーキの付いただけのラッタッタだったのだから、クラッチの付いたバイクには乗れないからやめろ」と云っても、いつものようにいうことを効かずに買ってしまいました。

案の定、何回か、裏の駐車場で練習してみましたが、乗れずに、私が買い物に使っていました。大変可愛いバイクだったので、磨いているうちに大きなバイクに乗りたくなり、オートバイ好きの御住職に相談しました。

すると、「バイクは危ないから、ちゃんと限定解除して乗った方が良い」と云われ、(今はもうありませんが)八王子の府中試験場専門に教えるモトテクニカという練習場を教えてもらい、晴れて3度目に、大型自動二輪免許を取りました。

そのうち、一人で乗っていては面白くないので家内をそそのかし、「お前は運動神経が良いのだから、バイクの免許を取って一緒に乗ろう」と話しました。すると本人もその気になって教習所に通い出し、「どうだ」と聞くと、「40歳を過ぎて、人に教わるのは楽しい」と云って、髪を振り乱して1日に2回も習いに行き、若い人の倍の時間は乗りましたが、無事に中型免許を取って250ccのオートバイに乗り、夫婦で色々なところに行くようになりました。

あるオートバイ雑誌にツーリングクラブ設立の募集があり、参加させてもらいました。

主導者がトラックの運転手なので道をよく知っているのと、無線機の使い方が上手で、渋滞にはまると無線で土地の人に呼びかけて裏道を教えてもらえました。また、時間帯もよく、早朝5時に集合して、午後3時には帰宅してオートバイを洗い、片付けることができました。

その仲間の一番上手な人が警視庁の前で事故に遭いました。

あんな上手な人が事故に遭うなんて、私も危ないと思い、どこか、誰か、ライディングを教えてくれるところはないかと探していると、警視庁が鮫洲と府中の試験場で安全運転教室を行っているのを見つけて、行ってみました。

初日に、ハーレーに乗っている指導員に、坂道でのUターンを指導されました。平地ですら満足にUターンできないのに、「冗談かよ、オイ」と思いながら、云われる通りに運転しますと、アラ不思議。できてしまったのです。

その日以来、鮫洲通いが始まりました。

講習会は、月に第1と第3日曜日にあり、保険料100円で、警視庁主宰。交通機動隊の白バイと交通安全指導員によって行われ、安全運転の基礎知識及び実技訓練がありました。他に、各署轄警察署が毎週日曜日にどこかで安全運転講習会を行っており,講習会で知り合った友人たちと、誘い合って参加しておりました。

家内曰く、どこで、誰といるか分かり、安心できる、「大変良い託児所だった」そうで、「今時、千円札を握って、100円の保険代と弁当、帰りに仲間とのお茶で、80円ほどのおつりをもらって帰る遊びはない」、と云っておりました。

数年後に、指導員の方々から勧められて、試験を受けて、指導員になり、早20年に至るわけです。

この講習会が素晴らしいのは、ブレーキの練習ができることです。

試験場では、転倒しても後続車がいませんから、ブレーキのみ集中できるので、とても有意義です。講習会としてはスムーズなブレーキを推奨するのですが、私は急ブレーキを練習してもらっております。まず、受講生に道路上で急に異変が起きたとき、止まりきれないことを知ってもらいます。オートバイの場合、車と違って転倒のリスクがあるので、急ブレーキは本当に難しく、ブレーキの物理的機械機能を使い切れないのです。

ブレーキをかけて前輪の回転を押さえ止めようとすると、車体の荷重が前輪にかかり、タイヤが地面に押しつけられ、地面とタイヤの間に摩擦が起こり、速度を落として止まっていくのです。しかし、急に、ガッツンとブレーキをかけると、タイヤに荷重がかかる前にタイヤの回転を止めてしまい、いわゆるロック状態になり、地面との摩擦が少なく、滑りはじめ、そしてふたたび地面とタイヤの間に摩擦が起きた次の瞬間、一気に、全荷重が回転の止まっている前輪にかかり、後輪が跳ね上がり、転倒するのです。

人は、はっとした瞬間に手を握り閉めるか、開くかのどちらかなのですが、どちらにしても大変危険です。

ですから事前に練習しておけば、イザのときにブレーキを使って止まりきれなくとも、速度を落としダメージを減少してぶつかるか、そのままの速度でぶつかって救急車を呼ばれるかであるのならば、私は前者をすすめます。

だから運転には細心の注意をして、車道のどこが一番安全か? また流れの中の速度や車間距離、路面の状況、前後左右の車種や性別、職業ドライバーなのか。トラックなのか、それとも宅急便か、ダンプなのか、タクシーかでも運転が違うので。 運転は、年齢や性別など目に入る情報を脳が処理し、身体に命令して動かします、運転技術が向上すると、視野が広くなり、安全マージンを広く取ることができるようになるので、ブレーキの練習は重要なのです。