意識の変化は、経験から生まれます。
この経験をどのように解釈するかが問題で、往々にして180度反対の受け取り方をしてしまうことがあります。
新しい経験をすると、これまでにないストレスがかかりますから、脳はストレスを避けようとするらしいのです。結果が良いかどうかではなく、今この瞬間にストレスがかかるか否か、楽か楽じゃないかということに反応しやすくなります。
よって、人間の感情は安易な方に動きやすくなります。
戦闘シミュレーターを用いた訓練をしていて、面白いことに気がつきました。
二つの小隊の交戦距離が近づいてきて、無線が入らなくなると、一様に動きが鈍くなって、やられてもいないのにほぼ完全に止まってしまう小隊が出てくるのです。
その小隊長の性格によって動きに違いがある要に思って、振り返りの反省会で一人ひとりに質問をすると、ほぼ同様の答えが返ってきました。
「無線が入らないということは、味方がやられてしまって、自分たちだけが生き残ったのに違いない。そこで不用意に動くと、敵に見つかって集中砲火を浴びせられるのではないか。だからより慎重に行動しただけで、判断は間違っていない」。
現実には、敵に近づいて岩陰に隠れ、より低い姿勢をとるようになったので、無線が通じなくなっただけで、ほとんど皆、生き残っていました。
しかし、戦場で動かなくなると、止まった位置を予測して砲弾を集められるため、より死亡する可能性が大きくなります。
小さい移動を繰り返して、焦点を絞らせない方が生き残る可能性が大きいというのが戦闘の基本原則です。それに行動しなければ、目標に到達することも、任務を達成することもできません。
基本原則は十分に分かってはいるが、仲間が皆やられたのではないかという疑心暗鬼や不安(感情)に負けて、自分は生き残っているが味方はやられてしまったと思い込んでしまったのです。
このシミュレーターを用いた訓練は、GPS付きのセンサーで、いつ、誰が、どこで、誰(何)に、やられたかの戦闘結果がコンピューターの画面上に表示されますから、隊員には真剣さに比例してストレスがかかっています。
いい加減な行動やミスをして戦死しようものなら、他の隊員の戦死につながります。それは、周りの隊員に分かりますから、自分の信頼と名誉を失いかねないと感じています。それだけ真剣なのです。
私がこの訓練の間に、繰り返し、強く指導したのは、一つだけでした。
「信じろ」。
「指揮官が最初に示した方針にしたがって、目標に向かって全員が行動している。無線が入らなくても、全員が目標に向かっている。たとえ、周囲の者が戦死しても、見えないところにいる仲間は、目標に向かって進んでいると信じろ」。
「自分たちが、身につけてきた戦闘技術を信じろ」。
「自分が考えて、判断したことを信じて、行動しろ」。
「全員が、決して最後まで諦めずに行動するのだと、信じろ」。
私が強調したのは、自分の考えたこと、自分のやってきたこと、仲間、そして必ず成功することを信じろと言ったのであって、精神論ではありません。
マニュアルは、決められたものにしたがって行動する受動的なものですが、「信じる」と言ったときには、これまでやってきたことすべてを受け入れ、プラスに考え、能動的に解釈しなければ「信じる」ことはできません。
「信じる」ことによって、意識が変わっていったと思います。
ちなみに、かなり技術的な話になりますが、小隊レベルの小さな規模訓練だとは言いながら、小銃・機関銃・携帯型の無反動砲・戦車・迫撃砲などの組み合わせです。
そこには個人の戦闘技術として、射撃、運動(移動)、観測、情報交換、無線機の使用等があり、組織的な活動として、個人・3人のチーム・10人のチームの相互支援と連携、歩兵と戦車と迫撃砲の機能の組み合わせがあり、加えて、個人の性格や能力を考慮して、しかも瞬間的な判断で、最も成功の確率の高い行動・動作、運用を選択していく、極めて複雑な、システマティックなものがあります。
自分たちで訓練を繰り返すなかで、私が見ていても「自分にはとてもこんなことはできない」と思うレベルに進化していました。
それは、指揮官が戦死の判定を受けて、次級者に指揮を譲ったときに現れていました。
師団長以下、無線を傍受して聞いていた人たちが皆、「誰が指揮官になっても、手に取るように行動が理解できる通信をしている」と、驚きを隠しませんでした。
そういった一つひとつを積み重ねてきた裏付けと「自分たちがやってきたのだ」というポジティブな意識があるからこそ、「信じる」ことができるのです。
これは、感情を思考のフィルターを通すことによって、行動に結びつけ、好ましい経験を積み重ねていく、メンタルヘルスケア(レジリエンス)の原則的な考え方と同じです。
一つひとつの要因を説明して、小さなことから積み上げていって、納得してもらって、自分の経験として身につけていったから、信じることができ、信じることが意識を変えていきました。
チームビルディング(組織づくり)には、簡単な知識と技術を積み重ねると同時に、意識づけをしていく配慮が不可欠です。
私にできることは、中隊長が選んだ小隊長以下約40名を信じ、アドバイスをすることしかありませんでした。他に替わる者はいないのですから。