自衛隊の教育では、民間の学校教育と大きく違うところがあります。
その一つは、できるまでやらせる。完全にできるようになったら、次のステップに進むことです。
例えば、学校の試験では、試験をすることに意味を見いだしているのか、評価することに教師の価値を見いだしているのか、100点満点の試験をして、何点取っても次のステップに進んでしまいます。
家を建てるのに100の強度がないとイケないのだが、半分でガマンして次の二階部分にとりかかろうということにしたら、どうなるかは、誰の目に見ても明らかです。
それで成り立っているから不思議なのですが、そういうことを繰り返していると人間がどうなるのかを考えていない紙の上での評価で済ませているのです。
人間を育てることには責任を持っていない教育になっていると言って良いでしょう。
ところが、自衛隊の教育は、職務ごとに検定があって、合格レベルが決められています。
合格しないと次に進めない。
甘い採点をして、下駄を履かせたら、評価した自分や周囲の者が苦労するのが目に見えていますから、厳格に時間等で管理して、検定をしています。
できるまでやる。できるまでやらせる。
この職務ごとの「特技検定」は、技能レベルが上がると、評価の場がチームでの活動の場になりますから、何度も何度も、チームを組んで、繰り返して検定をするようになります。
これが面白いところで、何度も同じ検定を繰り返さなくてはいけないので、他の人の技能とチームを組む他の隊員の技能も上がってきます。
もちろん、人間ですから不満も出ますが、怪我の功名ではありませんが、チームワークも良くなってくる。
そういう配慮をしながら、個人とチームを育てていきます。
もう一つ違うところは、常に精神性を重視するところです。
検定の場も同じで、何回試験に落ちても仕方ないのですが、その場を通じて、精神的な要素を学ばせようとします。
反復、執念、忍耐、情熱、創意工夫、チームワーク、思いやり、団結心・・・・何でも良いのですが、訓練を通じて、技能だけではなく、そこでしか得られない目に見えぬ価値を与えようとします。
気持ちの持ちよう、持たせようだとも言えます。
できるかできないかだけを考えれば、○か×かしかありませんから、不合格は駄目の×に決まっています。
そこに目に見えない精神性でプラス要因を見いだして、意識させるのです。
失敗から、教訓を見いだして、次の糧にする。進歩した部分に焦点を当てて、自信を持たせる。それまで気付かなかったことへの気付きを与える。
そして次の目標を与えるのです。
こういう地道な教育訓練をしっかりしていく伝統を持っている部隊が、人の育つ、強い部隊になるのだと思っています。
ある技能を重視する職域の部隊で、従来の訓練評価の仕方を転換して、訓練練度の高い者の評価を重視する施策に取り込んだところがありました。民間で流行っていた「良いところを伸ばす教育」を訓練に取り組むのだという施策でした。
確かに能力のある隊員は喜んでいたようですが、私が見ていた限り、隊員指導の目が細かいところまで行き届かなくなったようで、上手の手から水が漏れるように部隊全体のまとまりがなくなり、見事に素晴らしい伝統が失われていって、さまざまな事故が増えていきました。
他職域の部隊のことなので詳しい因果関係は分かりませんし、岡目八目で部隊全体の雰囲気から推察するしかありませんでしたが、日常の訓練に対する姿勢や考え方が影響していたように感じられました。
いずれにしても、組織を動かすには、個人の技能養成とモチベーションの維持・高揚と組織のチーム意識のレベル(団結心)とを見ながら、同時に、複合的に養っていくことが必要です。