日本の大企業から海外の幾つかの大企業に数度の転職を繰り返した友人と、企業文化や組織の違いなどについて聞いた。

日本の企業は、きめ細やかな仕事ぶりは確かに優れていると思うし、外国の企業は、細かいルールは決められていなくて雑だと負えば雑なのだが、組織の動きの速さが違うのだという。

決定的な違いは、管理者の意識の違いだと思う。

外国の企業は、責任者が現場の仕事をよく理解していて、大事な場面では、管理者が直接判断する。日本の企業は、責任は俺がとると言って、部下に仕事を任せっきりにする人が多いように思う、という感想を語ってくれた。

責任者であるにもかかわらず、自分で判断せずに部下に任せてしまい、「俺が責任をとる」なんて訳が分からないと笑っていた。

責任逃れのリーダーシップが蔓延している。が、私も学生の頃、細かいことにこだわらず、部下に仕事を任せるリーダーが良いリーダーなのだと聞いた。そのときに、日露戦争当時の大山巌司令官が大人だったという話をした人がいた。

日露戦争の沙河会戦で、総司令部の雰囲気が殺気立っていたとき、指揮所に現れた大山総司令官の「今日もどこかで戦(ゆっさ)がごわすか」という惚けた一言で、司令部の空気がたちまち変わった、というエピソードがある。

この話は、司馬遼太郎の「坂の上の雲」で書かれていて、指揮官の理想像を語る際によく取り上げられる話で、昭和初期の陸軍でもよく語られていたそうだが、そこにもう一つの裏話がある。

この話を聞かされていた若き今村均(のち大将)は、いくら何でも総司令官が戦闘開始を知らないはずがない、と疑問を持ち、日露戦争当時に児玉源太郎の下で参謀を務めていた田中義一大将にお会いした機会に当時のことを尋ねた。

すると、大山巌という方は、非常に細やかな方で、第一線の実情を事細かに報告させ、自ら把握していたそうだが、戦況が順調に進むにしたがって司令部の雰囲気が緩み、ちゃんと報告すべきことを「分かっていることだから」と報告を怠ることがあった。

司令官が直接厳しく言うと、部下たちが過敏に反応して、不要な憶測をさせたり、思わぬ影響を部隊にまで与えたりしかねないので、ヤンワリと「きちんと報告しろ」と促したのだ、という。それに気がついた幕僚長は、すぐに司令部を再度引き締めて、元通りに厳格に勤務するようになったというのが実情であった。

私の見聞する限り、仕事のできる指揮官や経営者で、仕事を部下に任せてしまっていると感じた人はいない。

私自身、自分が言ったことがどのように実行されているかは、現場に行って、隊員の行動などを見て判断していた。

言った通り実行されていることもあれば、より良い形で実行されていることもあれば、まったく実行されていないこともあったが、さまざまな原因があった。

それを承知して、現場の実態、さまざまな原因をかいけつするように、再度指示すれば良いのだが、原因によって指示をする相手も異なれば、改善する方法も異なる。

いずれにしても指揮官が、現場で何が起きているのかを把握し、理解していなければ手の打ちようがない。

現場、あるいは命じられた者が解決できない問題を解決し、働く環境条件を整えるのが、命じた者の責任である。

自衛隊ではそのように教えている。

きちんとしたリーダーの在り方は、チャント伝えるべきだと思う。