常に上司もいたが、部下もいた。

私は、恵まれていて、自由度の高い仕事をさせてもらっていたと思うが、任せることができる人には、任されるだけの条件がある。

他の人がどのように考えていたのかは知る由はないが、私の考えは一つだった。

それは「自分の考えで仕事をしていること」だ。

色んなパターンがあるのだが、最も気を付けなければならないのは、担当者が、客観的・論理的に分析して報告してくるレポートである。

担当者が、係長、課長に指導を受けて、論理を組み上げて報告する。

現場の問題点を改善できるならば良いが、担当者が検討過程を通じてどう感じたのか、何が問題だと感じたのかなどの現場の話が抜けていることが多かった。

自衛隊の施策は、すべからく部隊(現場)の改善につながらなければならない。

ところが検討しているうちに、現場を忘れてしまって、論理優先の考え方になってしまうのである。

私が担当者によく尋ねたのは、「ところで、君はどう思ったのだ」「このレポートを書くにあたって、一番、苦労したのは何か。大事だと思ったが、表現できなかったものは何か」「これを実行したら、部隊はどうなるのか。隊員はどう思うのか」ということだった。

あるいは「報告の内容は分かったから、ここに書かれていない、あなたの感想や考えを聞かせてくれ」

こういう質問に、的確に答えてくれる人は、信用できたし、あとは任せても良いと思った。

自分の考えがない人に、任せることはできないから、自分の考えを持っている人を探した。

最悪だと感じたのは、「私はあなたの言うことは何でもやります。何でも命じてください」と言う人だった。糞真面目な人ばかりだったように記憶しているが、数人いた。

そういう人に出会って以降、皆の前でしばしばこう言った。

「あなた方は、絶対に私にはなれないし、私もあなた方と同じにはなれない。言う通りにやりますという人は、絶対に言う通りにできない。だったら、最初から、私はこう思います、とはっきり言って欲しい」。

「いいなと思ったら、それを実行してもらいたい」

「私がやってもらいたいことは、その都度、言うのでそれはそのとおりやってもらいたい。でも、すべてのことを言えるわけではないので、それは担当者の考えでやってもらって結構だ」

「違っていたら言うので、すぐに直してくれればいい」

「間違っても、言われた通りにやります、とは言わないで欲しい」

「私は、こう思いますと、言って実行してもらいたい」。

「私はあなたの言うことは何でもやります。何でも命じてください」と言った人は、私の言う通りにやらなくてよい職務に変わってもらったが、そこでは悩むことなく、生き生きと仕事をしていたように思う。

人間の長所や短所は、ウニの棘のようなものだと思う。

人によって長さも太さも生え具合も違っていて、どれ一つ同じものはない。私と同じ棘は持てないし、持とうと思っても持てない。私よりも立派な棘を持っている人もいるが、私も皆と同じ棘は持てない。

それが集団でいるから、ランダムに生えている「棘」がより生きてくる。

強くなるのだ。