軍隊組織は、「指揮官(=決める人)」と「幕僚(=補佐する人)」によって、意志決定システムが成り立っています。極めてシンプルです。
まずは、指揮官。
指揮官の役割は、「適時適切に決心」して「的確に指揮」することですから、「実行」までの全責任を持ちます。したがって、すべての判断基準は、「現場」が実行できるか否か。
指揮をする者は、トップ・リーダーを頂点にして、地域別、機能別に分権された指揮権を持つリーダーが階層を構成します。
指揮官は、任務を与えられたら、状況の不明にかかわらず、命令が来ない場合も、自ら判断して任務を遂行する責務を持っています。自分の都合だけで意志決定できない場合、つまり外部の状況(情勢)を判断して意志決定しなくてはならない場合で、 まさに危機時の状況判断を言っています。
任務が明確に与えらない場合がありますが、その場合もまた、自らの地位と役割を判断して、「自らの責任で使命(責務)を果たす」のが指揮官です。
次に、幕僚。
指揮官は絶大な責任と権限を持つのですが、すべてを一人だけで判断し、実行を指導、監督するわけにはいきませんから、補佐する者(幕僚)が置かれます。
「活動の根源は指揮官にあり、部隊を指揮する権限を持たない」のが幕僚で、指揮官との関係は、上下関係ではなく、システムとして機能分担していると考えるのが適切です。そして、幕僚もまた指揮官と同様に「現場」を基準にして、施策の適否、実行の可能性を判断しますから、視点にズレはありません。
幕僚には、常に指揮官の威徳を発揚する、指揮官の分身として補佐を全うする、指揮官の心情をよく理解して思考環境を整える、指揮官が意志決定をしたら(たとえ自分の意見と異なっていても)指揮官意図の達成のために全力を尽くす等々の、付加的だが非常に意味のある役割が「心構え」として求められます。
軍隊組織では、幕僚はあくまで「指揮官を補佐する存在」ですから、隷下部隊の指揮官にアドバイスすることはあっても、命令することは許されません。指揮官の権限を犯すことになるからです。
そして、指揮官と幕僚の関係。
「指揮をする者とそれを補佐する者」の組織は、上下関係ではなく、組織目的に対する使命感や任務意識と、信頼関係で成り立っていますから、強い一体感があります。
それぞれの幕僚が持つ専門性が尊重されると、指揮官と専門家たる幕僚とのプロフェッショナルな会話が活発になります。
弱い組織は、「指揮をする(命じる)者と指揮をされる(命じられる)者」の関係によって人間関係が支配され、命じられる者の思考の幅はだんだん狭くなっていき、イエスマンが幅を利かせるようになってきます。
したがって、指揮官が幕僚に仕事を命じる場合、命令して動かすのではなく、「指針」を与えて自主積極的に動くように指示します。
指揮官の状況判断は、部下に命じて「答え」が出てくるほど簡単なものではありません。より総合的な判断が求められます。
指揮官と幕僚の関係は、民主主義のリーダーの在り方に通じる課題でもあります。
すべての人がリーダーになるチャンスはあるけれども、リーダーシップを発揮できるのは、その立場になった人、一人だけに限られます。皆が等しく意志決定に参画しているのですが、立場を弁えなければ秩序が保たれず、指導者のリーダーシップは発揮できません。
ここで求められているのは、フォロワー・シップというよりも、ガバナビリティの意識(統治者としての意識)です。
危機管理を担う人たちが求められているのは、このトップ・リーダーと一体感のあるガバナビリティを発揮すること。プロフェッショナルな意見を述べて、積極的に補佐することです。
トップ・リーダーの仕事が「適時適切に決心」することですから、それを補佐する幕僚は、トップ・リーダーが「いつ、何を決心するか」を確認して共通認識を持つことが仕事の出発点になるのです。
危機管理を担う方々は、「いつ、何を決心するか」を判断することをトップ・リーダーの意志として、組織をまとめていかなくてはなりません。
余談になりますが、会社法においては、株式会社は会社の経営に責任を持たない不特定多数の株主が会社の所有者で、経営者は常にチェックが働くようにしておかなければ不正を働くものなのだという性悪説を前提に規定されていて、コーポレート・ガバナンスのシステムの特性は、会社の所有者である株主を保護するため、経営者のモニタリング機能として有価証券報告書などの報告義務を設け、監査機能を持つように規定しています。
また、会社組織では、本社の役員が、取締役会の一員となって意志決定の役割を担うと同時に、社長の幕僚としての役割と執行者の役割を兼ねていたりして、意志決定と執行の責任が不明確になっています。
さまざまなニュースで見る会社の意志決定の混乱のほとんどは、複雑で、責任が不明確な意志決定システムの問題に起因しているように思います。
軍隊組織が、国家に対する忠誠心と使命感を基礎として、指揮官と幕僚の信頼感で成り立っていて、ガバナンスは、組織の運用(運営)と考え方の原則を徹底して教育することによって全構成員に共通認識を持たせているのと、好対照です。