《もう10年ほど前、歯の噛み合わせが悪いと分かったことがありました。友人が「顔が歪んでいるような気がする」と言うのです。最初は「失礼なことを言うなぁ」と笑っていたのですが、「いや、本当にバランスが悪いような気がする。歯が悪いんじゃないか」と言うので、イヤイヤながら歯医者に行ってみたのです。

「ほとんど噛んでいません。上下の一点だけが噛み合っていて、ほとんどの歯が浮いた状態になっています」というのでレントゲンを撮ってみると、まったくその通り。

しっかり噛んでいた“つもり”だったのですが、実際はほとんど噛めないまま飲み込んでいたことが判明。その影響が、顔の筋肉に出たり、お腹の調子に影響したりしていて、“噛むことの大切さ”が、後から分かりましたが、まったくもって私にとって歯医者の診断結果は、青天の霹靂。

友人は、鼻を鳴らして、「ほら、見てごらん。人の云うことは素直に聞くもんだ」。

歯を治して分かったのが、噛む感触の楽しさ。食材の印象への変化。味への影響・・・。視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚に加えて、第六の“噛む覚(かんかく)”を加えたいと思った瞬間でした。(A.Y)》

昨日、お客様から「岡野さん、痩せられましたか?」と、来店一番、声をかけられました。答えは「はい、少し痩せました」でした。

「1ヶ月前より首回りがスッキリしたように見えたのでお聞きしたの。ごめんなさい」

「いえ、実は家内の血圧が高いので、先生が薬を飲むか、ご主人と相談してください。薬を飲むと、ずーっとですから、と云うわけで減塩と食事の量を減らして運動することにしたのです」

「それでご主人も?」

「そう、私もですが、実は4~5日前から歯が痛くて。あまり食事を摂っていないのです」。

と云うわけで、今朝9時に、月に2度通っている歯医者さんに行ったのです。月に2度行っている理由は前にも書きましたが、歯の矯正移動をしているのです。少しずつ。

しかし、今日は違いました。朝9時から始まった地獄の1時間15分。

大口を開け、奥歯に大きな穴を開けて、痛んだ神経を注射で麻痺させて、細いギザギザのついた針で絡めて取っていくのです。時間的に40分ほどかけて先生が丁寧に、私にはまるで拷問のように、神経を取ってくれました。

なぜ時間が分かったのかは、院内に流れているラジオでした。

アップルパイとタルトタータンの話をしていましたが、心のなかで“おい!そんな間違いを公共の電波で流すなよ”と思いながら、アッ痛て!

でも、このラジオが私を助けてくれたのです。私の神経が、全部この痛んだ歯に行くのを阻んでくれたのです。

“おい!小麦粉を練って作った物を英語圏ではパイと呼び、フランス語圏ではパットゥと云う。イタリアではパスタ。そして、タルトタータンは、煮リンゴを使って作るのではないのですよ。生のリンゴを使うのだ”と、心のなかで文句を云いながら、アッ痛て!

その理由は、生のリンゴから出るリンゴジュースと砂糖とバターがカラメル状になりそこが美味しいの。そもそもタルトタータンは、タータン姉妹が20世紀初頭、パリから南へ130km下ったソローニュ地方のLamotte-Beuvronラモットゥ-ブブローンのホテルレストランでデザートにリンゴのタルトを焼いて出したときに、そのリンゴが焦げてしまい、しょうがなくひっくり返してお出ししたら、美味しかったと。アッ!痛て~!

“テレビやラジオの料理で間違いが多々出過ぎる”と心のなかでまた叫び。アッ痛っ!

すると先生が「ちっと我慢」。

心のなかでは分かっていますが、でも痛い。

次に考えたのが、しばらくはご飯がかめない、でした。しょうがない。しばらくはポタージュで過ごそう。でも、かめるというのは本当に味の一つ。大変大事な部分だな~と、このときに思いました。

店の改装時に、病院食が見たくて世田谷の烏山病院で働かせてもらったとき、刻み食やペーストも作っていましたが、実感が湧きませんでした。それで、どんなものが良いかを考え始めました。

噛むのも色々あって、前歯で噛み切る楽しさ。アッ痛て!、フー。

奥歯で押し砕く、いや砕くだけじゃない、崩す、そう崩すだけじゃない、すり潰す。そうだ、まだ有りそう。噛みしめるもそうだ。アッ痛て!

おい!これは奥歯に感謝しないと、結構色んな仕事を頼んでいたんだと思ったときに、先生から「ハイ、ゆすいで。今日はここまで」で、急に肩の力が抜けていくのが分かりました。

そして、次に、治療中に先生が仰った「年で、長年ここばかりに負担がかかり、傷んだんだよ。だから写真に写らなかったんだよ」の「年」で、“そうだよな、年か、こればかりは直せないものな”と思い、帰りがけに、長ネギとカリフラワーを買って帰ってきました。

カリフラワーのポタージュをお客様用と今夜の私の食事。あれっ、痛くない。

あのズッキ、ズッキが。触るとキッとまだ痛いが、何とも有り難い。先生、本当にありがとうございます。

そして、今日、令和3年4月28日。すなわち翌日の夜10時30分。完全に痛みがない。何にもない。ないことの有り難みが。昨日までは早く痛みがなくなれと思っていたのが、無くなってみると・・・・。先生ありがとうございました。 少し、料理のなかの“嚙”を考えます。

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