今回は、7月3日(土)に熱海市の伊豆山地区で起きた土砂災害救援活動の指揮を執られた植田宜孝消防長にお話を伺いました。死者26名で、まだ1名が行方不明、建物の損壊は128棟であった。
Q 7月3日(土)1030頃に発生した伊豆山土砂災害。私はテレビの昼のニュースで土石流が流れる映像を見て驚きましたが、数日間ひっきりなしにニュースで流れ続けていました。未だ行方不明者がいらっしゃるようですが、対応は大変でしたでしょう。
お疲れ様でした。
災害救助活動の指揮を植田消防長が執っていらっしゃったと聞きましたので、本日はお話を伺いに参りました。よろしくお願いいたします。
全国の自治体で自衛隊のOBが消防長に就いているというのは、あまり聞いたことがないのですが、どのような経緯で、消防長に就任されたのでしょうか。
A 数カ所の自治体で自衛隊OBが消防長に就いていると聞いています。静岡県では、御前崎市の消防長が航空自衛隊のOBです。
熱海市の場合、私の前任者は、部長級のポストを経験した行政畑の方が就いていました。
熱海市消防本部は、現場からの叩き上げの方で構成されている約90名の組織ですので、行政機能や消防以外の運用機能を経験する機会に乏しく、今後の人材育成には課題があります。
昨年までは体制整備や予算要求などの行政機能を重視して、行政畑の経験者が消防長として就いていたのですが、一昨年の台風19号の際、本市の大規模な断水をはじめ、近隣自治体での被害が大きかったことなどをきっかけにして、災害時などの運用機能を充実する必要があるということになり、私が今年の4月、3年間の危機管理監を経験したのち、市長から拝命されました。
Q 災害対策本部で災害救助活動の指揮を執られたと聞いていますが、熱海市では、元々、消防長がそのような任務をするように決められていたのですか。
A いいえ、必ずしもそのようにはなっていません。
今回、土石流が起きたことを知って1040頃に登庁し、まず情報が必要だと思って、最も情報が集まる消防本部の通信指令室に行きました。
偵察結果の報告や119番通報が立て続けに入ってきたのですが、被害の全体像は把握できませんでした。ただ「これはただごとじゃない」ことだけは分かりました。
自分たちだけでは対応できないと判断し、すぐに自衛隊への災害派遣を要請するように市長に進言し、県から自衛隊に災害派遣要請を出してもらったのが1230でした。
それで、各部長が災害対策本部に集合するよりも早く、自衛隊への災害派遣要請を出すことができました。
同時に、熱海市を災害派遣の担当隊区としているのは御殿場市駒門にある第1戦車大隊で、私はその部隊の出身という事もあり、すぐに第1戦車大隊に直接連絡して、県を通じて災害派遣要請を出すことを伝えました。
伊豆周辺の市町は、普段から、自衛隊との連携は非常に良いと思います。
Q 自衛隊には災害派遣要請という手続きがありますが、消防や警察への応援要請は、どのようになっているのですか。
A こちらから要請をしないうちから、消防の県内応援隊や緊急消防援助隊には動いていただきました。
また、警察も独自に応援に駆けつけてくれました。
Q 自衛隊への災害派遣要請がトリガーとなって、消防、警察もそれに連動して動き出すというということでしょうか。とても合理的な流れで、無駄がありませんね。
ところで、今回の救援活動は、熱海市の動きが大変円滑で素早い対応だったと聞いているのですが、一連の指揮で、節目となったポイントは、どこにあったとお考えですか。
A はい。災害対策本部を立ち上げ、自衛隊、消防、警察が応援に来てくれたとき、応援部隊全部を統制して運用しなければ救援活動ができないと思ったので、災害対策本部長である市長に、「救助活動全体を取り仕切らせて欲しい」とお願いしました。
市長はすぐに了解して、応援部隊の指揮を任せてくれました。
災害対策本部長の命で完全に指揮を任せていただきましたので、応援部隊の運用に専念することができて、非常にやりやすかったです。
それが非常に大きかったと思います。
Q 応援部隊は、自衛隊、消防、警察の他に、さまざまな団体が応援に来ていて、まったく異なる機能の多数の組織を掌握して、統制するのは大変なことです。
基礎自治体の災害対策本部が各省庁から来ている応援部隊を取り仕切るのは、よく「省庁の縦割り行政」などとも言われるように、かなり難しいことだと思います。
その辺はいかがでしたか。
A 皆さん、自分たちから進んで災害対策本部に顔を出して、何かできることはないかという積極的な姿勢で取り組んでくれて助けられました。
総務省から応援に来てくれた方は、まったく災害対策本部のスタッフに徹して活動して下さいました。
神奈川県の消防は、レスキュー犬協会とつながりがあって、レスキュー犬を使うことを進言してくれました。土石流の泥の中で、レスキュー犬も参ってしまったようで、あまり活躍できませんでしたが、色んな教訓が得られました。
しかし、一つひとつの組織と個別に調整するのは非常に労力と時間がかかるので、国の組織を一つにまとめてチームとして動かしてくれると有り難いと思いました。
基礎自治体の職員は、2年ごとに人事異動しますから、国の機関と調整して組織を動かすという経験や訓練をすることがありませんので、応援部隊全体を取り仕切るノウハウを身につけることはなかなか難しいのではと思います。
今回、他県での災害応援に行った経験のある方が、災害対策本部のなかがバラバラでどうしようもない状態だったという体験談をしてくれました。
現実的には、そのような役割を果たす能力、ノウハウを持つ組織として自衛隊は優れているので、例えば、国の応援部隊などをすべて、自衛隊の災害派遣部隊指揮官(第34普通科連隊長)の統制下に入れて、基礎自治体を支援するチームを組んでくれると、基礎自治体は、、基礎自治体は、支援チームと調整するだけで済みますから、業務が簡素化して助かりますし、救援活動の効率は非常に高くなると思います。
Q 自衛隊、警察、消防の活動地域は、どのように決めたのですか。またその活動の連携はどうでしたか。
A 最初、土石流災害の被災地域を三分割して、完全に別々に活動するようにしていましたが、お互いに連携を取って活動したいという申し出が現場から上がってきましたので、連携を取りやすいように変更しました。
一番大きな理由は、自衛隊の施設機材を効率的に使いたいということでした。
非常に連携良く進んだと思います。
Q それぞれの活動の特性はどのようなものだったのでしょうか。
A 消防は、消防庁の統制で、3日間のローテーション通りに交代していました。消防の仕事の特性から、勤務態勢に穴を開けることができないのだと思います。
警察は、東北からも応援部隊が来てくれました。概ね消防と同様のローテーションで動いていましたが、消防よりもやや自由度が高いように思いました。
今も警察は自主的に行方不明者の捜索に来てくれています。
ただ消防も警察も、応援部隊が交代しても引き継ぎが必ずしも十分でないため、また最初から同じことを経験して学ぶということの繰り返しになっていました。そのたびに最初から説明し、調整しなくてはなりませんでした。
引き継ぎを円滑にするために、コアになる要員を残してもらいたいと思いました、
今回の災害対応で、自衛隊組織の素晴らしさを再認識しました。
一つは、同じように部隊は交代するのですが、災害派遣部隊指揮官の第34普通科連隊長の指揮下で、任務部隊として建制(指揮統制)がとれているので、仕事の引継ぎが完璧にできていたことです。
もう一つは、自己完結能力です。
Q 今回、法務省からも応援部隊が来ていたようでしたが、どのような部隊だったのですか。
A よくご存じですね。
特別機動警備隊(Special Security Readiness Team/略称「SeRT」)といって、刑務所や拘置所、少年院などの矯正施設において非常事態が発生した場合に対処する部隊ですが、立入禁止区域の境界付近での交通規制や立入制限区域の規制などの統制をしてくれました。
法務省の方だというので立入を制限する説明話にも説得力があって、また丁寧に対応していただいたので、地域住民から感謝の声がありましたし、警察、消防、自衛隊の救援部隊は、捜索活動に専念できるので、喜んでいました。
また、法務省の方は、普段は矯正施設内での仕事ばかりなので、外の方と接し、感謝される機会があるのはうれしいと言ってくれて(笑)、自分たちでできることはないかと仕事を探して、積極的に支援して下さいました。
Q 災害対策本部についてお聞きします。災害対策本部の指揮所のコアになる要員はどのように組織されていたのでしょうか。
A 本来は、危機管理監以下約30名で編成した総合調整部に、本部、情報班、対策班を編成します。
一方で消防本部は、私が災害救援活動の第一線を指揮している間、後方支援活動は消防本部の総務課長以下が入って仕事をしてくれました。
総務課長は、私が危機管理監をしているときの危機管理課長で、この4月、一緒に消防本部に異動してきましたので危機管理についてよく理解していましたし、気心が知れていたので、大変助かりました。
Q 今回の災害対応で、熱海市の地域特性というか、独特のもの、特徴的なことは何かありましたか。
A 熱海市の地形的な特性から、静岡県の市町との関係よりも、神奈川県の湯河原町などと強いつながりがあります。
し尿処理やゴミ処理など普段の業務から結びつきが強く、協力態勢ができています。
県は、これらの熱海市の特性を十分理解していなかったせいか、神奈川県との連携は視野にありませんでした。
支援物資の受け入れ、自衛隊・警察・消防などの応援部隊の受け入れ地域や支援拠点の設定などの広域連携は、地形的にも一体感があり、普段から社会的な結びつきが強い湯河原町などと連携するほうが自然ですし、効率的です。
熱海市は神奈川県だと間違う人がいるくらいですから(笑)仕方がないとは思いますが、普段から神奈川県と調整してくれていると助かります。
全国の県境付近では、色々なところに、このような市町があると思います。
Q 災害の救援体制は、普段からの結びつきが強い基礎自治体間の連携が円滑に進むように、県レベルでの広域連携調整をしてもらいたいと言うことですね。
最後に、国レベル、都道府県レベル、基礎自治体レベル、その他何でも結構ですので是非、これを進めてもらいたいというような提言がありましたら、お願いいたします。
A 国レベルでは、各省庁などから派遣される応援部隊などを統合するような統合支援チームを作って、基礎自治体を支援してもらいたいですね。自衛隊のJTF(Joint Task Force)のような国のチームです。
消防や警察の応援部隊では、引継ぎに問題が生じないように、応援部隊の基幹要員が長期に支援できるようにすることです。
県レベルでは、隣接都道府県との広域連携の推進です。
基礎自治体レベルでは、災害対策本部の運用責任者への自衛隊OBの採用です。できれば私のように、危機管理部門などを数年間経験して役所内の事情を把握してから就けるのが望ましいと思います。
【後記】
無駄なく要点を押さえ、謙虚な話しぶりが印象的でした。
応援に駆けつけた責任者の方達は、災害対策本部で災害救助活動の指揮を執っている消防長の指揮下に入れば間違いないと感じ取って、指揮下に入ったのだろうと推察しました。
「各省庁などから派遣される応援部隊をまとめる統合支援チームを作って、基礎自治体を支援する」という提言は、国の行政機関もまた基礎自治体を支援する立場にあることを考えると、当を得た提言だと思います。
以上