陸上自衛隊では、毎日、訓練をする。
訓練をすることに、まったく疑問を持たなかった。
私は、若い頃の部隊経験を通じて、訓練というものは、私の(組織マネジメントの)考え方を理解し、行動する場で身につけてもらう絶好の場だと考えるようになった。
そう思うようになった、キッカケがあった。
部外の友人に「何のために訓練をするのだ」「何故、毎日、同じことを訓練する必要があるのか」と聞かれたのだ。
あれやこれやと話をしたのだが、「オレの周りの者は“訓練するぞ”と言っても多分、誰もやりたがらないな」という。
「何故だ」と尋ねた。
「新しい装備や使い方を身につけるのは分かるが、何のために訓練するのかがよく理解できない」「具体的な成果や報酬があるなら分かり易いし、目的があって仕事をして、その過程で能力が上がっていくのだが、訓練そのものが目的だというのは理解できない」という。
そのときは「自衛隊って、大変だな」と言われて話は終わった。
隊員がやるべき訓練の課目や内容は分かっていた。
しかし、訓練をやらせる立場にある自分自身が、何を目的にしてその訓練をやらせているのかがはっきり意識できていなかった。定められた“形”だけを命じていたことに気がついた。
隊員に「訓練するっていうと、どういうイメージを持っているのか」を尋ねた。
「訓練の目的は何か」と訊ねると、ちゃんとしたプラス・イメージの答えが返ってくるのだが、印象やイメージを訊くと皆、一様に、誰かにやらされるもので、厳しい、辛い、眠い、苦しいなどのマイナス・イメージばかりを持っていた。
私は勤務した先々の部隊で隊員に同じことを尋ねたのだが、どこの部隊に行っても同じ答えばかりが返ってきた。そこで「トレーニング」という言葉のイメージを訊くと、能力が上がるとか、何かが身につくとか、プラス・イメージの答えが返ってくる。
それほど、陸上自衛隊の訓練は、“やらされ感”が大きく、与えられた任務、決められたことを決められたように実行するばかりで、隊員が自分たちで問題意識を持って企画したり、何かにチャレンジしたりするというプラス・イメージの視点が欠けていた。
私にとってとても幸運だったのは、部隊に赴任して2年目から約5年間、部隊レンジャー訓練の教官をしたことだった。
レンジャー教官たちは、海千山千の猛者ばかりで、自分の経験を活かして創意工夫して訓練を企画し、情報を入れて、新しいやり方を訓練に取り込むことが当たり前だった。
技術を身につけて、そうした企画ができるようになった者だけが一人前に扱われていた。
陸上自衛隊で35年間勤務したが、そういう雰囲気のある部隊は、後にも先にも、信太山第37連隊のレンジャー訓練隊だけだった。教官をしてはいたが、教えるよりも、陸曹のベテラン助教から教わることばかりで素晴らしかった。
多くの部隊、勤務場所を経験したが、隊員が自ら考えて行動することを求め、自主的に仕事に取り組むことを習慣づけるように指導すると、驚くほど能力を発揮するようになって、助けられた。
陸上自衛隊を退職して12年間。
ゆうちょ銀行で8年間勤務して全国の機関を訪問し、また色々な会社などを見る機会があったし、コンサルティングなども学んだけれど、仕事に対する目的意識、明確な目標や任務意識を持っている人たちが、いかに少ないことか。
多分、組織マネジメントにおける永遠の課題で、ゴールはないのだろう。
改めて、目的意識、明確な目標と任務の付与、モチベーション(組織の団結・規律・士気)という組織マネジメントの基本の大切さを感じている。