
三菱UFJ銀行の貸金庫窃盗事件を受け、「みずほ銀行は、貸金庫の新規受付を停止し、三井住友銀行は、貸金庫の予備鍵の管理を本部に集約した」というニュースが流れた。
それはそれで良いことだと思う。問題は、あの事件をどうとらえたのか、ということだ。
個人の犯罪か、鍵の管理の問題か、管理者の問題か、システム全体の問題か、はたまた組織全体に関わる組織風土の問題か等々さまざまな受け取り方がある。

今回は、公的な「鍵」の管理を出発点として、具体的に考えてみたい。
鍵と言っても、施設(全体、部屋)、一般文書の保管庫、金庫、机等々さまざまな鍵がある。鍵がかけられた施設や文書や物品には、秘密保全上のさまざまな取り扱いが定められている。となると、一概に「鍵」と言っても、そのなかに納められているものの重要度によって、取り扱いを変えなくてはならない。
予備鍵と本鍵を一緒に持っているということは、どれが本鍵で、どれが予備鍵かが区別できなくなるから、鍵を管理している者が鍵を何本でも複製できることにつながる。
本鍵は、その中におさめられているものと同等の重要性をもって管理しなければいけない。秘密保全上の規則で管理しなければならないとなると、予備鍵を本鍵と同等の扱いをすることには無理がある。
モノによっては、秘密保全以外の法律等にしたがって、より厳しい管理をしなければならないものがある。例えば、武器や毒性の強い物や放射性物質などだ。
となると予備鍵を本鍵と同等に扱うことに管理上の無理が出てくるから、今度は単なる鍵と呼ばれる「物品」として管理するようになる。法律でいえば、物品管理法の体系下に入るわけだ。しかし、鍵といってもいろいろな予備鍵があるし、他の物品と同様に管理するわけにいかないから、予備鍵は他の物品と別にして一括管理することとなる。
それが一度、本鍵の代わりに使われるとき、本鍵と同等の取り扱いをしなくてはならない。
本鍵を失って使用するとなれば、予備鍵は単なる「物品」の管理を抹消して、本鍵に登録して使用する。
本鍵が破損したりしたのであれば、手続きを踏んで管理下に破棄しなければならない。しかし、本鍵を失って行方不明になっているのであれば、内容物の管理そのものが怪しくなるから問題になる前に鍵全体を交換しなければいけなくなる。
さらに面倒なのは、やむを得ず予備鍵を本鍵に登録して使用した後に本鍵が出てくれば、また登録しなおして予備に戻せばいいというものではないことだ。一時的に失われている間に、コピーされている可能性があるからだ。
最悪の事態を考えれば、ウッカリしていたでは済まされない。
「鍵」の管理とは、事程左様に面倒なものなのだ。

しかし、組織として考えなくてはならないマネジメントの問題は、別のところにある。
一つは管理者の問題だ。
重要なものほど、複雑な法律や規則の体系にしたがって管理されているのだが(だから「鍵」が必要なのだが)、管理者はそれを理解して、部下が苦労せず当たり前にできるように指導、管理するのが仕事になる。
担当者というものは目の前の仕事が円滑にできれば良いのであって、法律の体系から現場までのすべてを把握していなければならないというものではない。それぞれの能力に応じて仕事をして学んでいく。能力の高い者がより理解度が優れているのは当然で、ベテランは時間をかけて理解しているかもしれないし、新人は目の前のことから積上げて成長していくのかもしれない。
管理者は、それを理解して、個別に指導しなければならない。
人事異動して担当部署が変わるたびに新しい職に就く。その度に必死になって勉強しなくてはならない。そうしなければ仕事が回らない。組織はそのために高い給料を支払う。
そして、管理者は、現場の能力と管理要領に齟齬があると判断すれば、その原因を見つけ出して対策する。費用に相当する効果を上げる。あるいは、仕事に相応しい収益をあげる。
それが管理者だ。
もう一つは、組織の感性と能力、組織風土の問題だ。
問題が起きたときに、対処することだけを考える人材が育っているのか。あるいは、最初に述べたように、あの事件をどうとらえたのかという組織の問題の本質をとらえることができる人材が育っているかどうか。
「鍵」を本社一括で管理するという対策が出てくるようでは心元ない。
「鍵」の取扱い一つに、組織の思考力、考え方、規則の整備、管理者教育、現場指導等々、問題を俯瞰して解決する方策を的確に見いだすことができる組織管理のプロフェッショナルが育っているかどうか。
銀行にとっては収益の小さな問題かもしれないが、収益を上げることだけを考える人材が重用されている組織では、こういう人材を育てるのは難しい。
これは企業風土に依るところが大きい。
それを考えて組織を管理するのが真のトップリーダーだ。
